就活から逃げるように上海を旅した話
大学3年生の6月。
世間はいよいよ就活シーズンに突入し、私も説明会だの面接だのグループディスカッションだので、毎日のように将来について考えさせられていた。
楽しくないわけではない。むしろ割と順調に進んでいる。
ただ、順調だろうが何だろうが、朝から晩まで就活のことばかり考えていれば普通に疲れる。
というわけで、
中国に逃げました。
行き先は上海と無錫。
中国語を勉強しているので語学の実地訓練にもなるし、中華料理は好きだし、最近ドハマりしているアークナイツの本場でもある。
そして宇都宮市民として、中国の餃子が本当に宇都宮餃子より美味いのかも再確認したい。
要するに、就活から現実逃避するための休暇に、自分の好きなものを全部詰め込んだ旅行である。

出発前からいきなり国際交流
成田空港へ向かう途中の京成高砂駅、大荷物を持って右往左往している外国人旅行者を見かけた。
どう見ても成田空港に行きたそうなのに、乗ろうとしているのは津田沼行きの各駅停車。
声を掛けてみると案の定空港へ向かう人だったので、正しい電車を案内した。
自分も海外では現地の人にしょっちゅう助けてもらっている。
だからせめて日本にいる時くらいは、外国人にスッと手を差し伸べられる側でありたい。

そんなことを考えながら飛行機に乗ったら、今度は隣の席の日本人と話が始まった。
何者か聞いてみると、
筑波大学の先生だった。
そもそも日中路線で日本人が隣になること自体あまりなかったのに、まさか大学までほぼご近所。
まだ出国すらしてないのに、色々奇想天外な事が起こります。
上海到着。初日から摩天楼へ
3時間半のフライトを経て、上海浦東空港に着陸。
実は私が上海に来るのは人生で4回目か5回目ぐらい。流石に入国審査も一瞬で通過し、その足で全家へ。

まぁいわゆる、FmailiMartである。
中国に到着すると指紋を取られ、無愛想な係員に案内されながら、社会主義を感じる広すぎる入国管理局を通過していく事になる。多くの人にとって不安を感じるであろう局面が続くが、入国審査ゾーンを抜けた先にあるこのファミマは、きっと多くの日本人に安堵を与える。
私もちょっとしたパンを買い足し、そのまま上海トランスラピッド(マグレブ)のホームへ。

この上海トランスラピッドだが、まぁまぁ運賃は高い。
しかもコロナ禍以降、名物だった時速400km/h越えの運転を取りやめてしまった。
おまけに、終点の龙阳路駅は京成日暮里みたいな中途半端な立地である。
コスパはあまり良くないのだが、そのおかげあっていつも空いてるイメージである。
そんなこんなで上海の中心地区に到着して、向かったのが**「The Stage」**という新しい展望施設。
上海の中心部を高いところから一望できるタイプの観光施設で、特に浦東側の摩天楼と、黄浦江を挟んだ上海の街並みをまとめて眺められる。
どうせ上海に来たなら、浦東の摩天楼を上から見ておきたい。
ちなみに浦東新区というのは、上海の写真でよく見る超高層ビル群が集まっているエリア。
上海中心大厦や上海環球金融中心などが建っている、いわば「現代上海の象徴」みたいな場所である。
ところが、
来るのが早すぎた。
浦東新区の夜景ライトアップがまだ始まっていない。

上海中心大厦や上海環球金融中心、黄浦江の向こうの**外灘(ワイタン)**を眺めながらしばらく待つ。
外灘は、浦東とは川を挟んで反対側にある歴史的な街並みのエリアで、西洋風の古い建築がずらっと並んでいる。
つまり上海は、片側を見るとギラギラの超高層ビル群、反対側を見ると100年以上前の西洋建築、という極端な景色が一つの川を挟んで共存している。
夕方の上海が少しずつ暗くなり、建物に光が灯っていく。

最初から完成された夜景を見るより、街全体が夜モードへ切り替わっていく過程を見られたのは、むしろ良かったかもしれない。
ただし、
風つよすぎる。
上海上空に語彙力を置いてきた。
宇都宮市民、中国餃子に敗北する
翌日。
今回どうしても再訪したかった店へ行った。
その名も、
「酷味楽」
本当にこの名前である。

一年前に初めてここの餃子を食べた時、あまりの美味さに中国ファンになったと言っても過言ではない。
そして一年ぶりの再戦。

一口食べる。
……。
やっぱ美味すぎる。
宇都宮市民としてはかなり悔しいが、日本と比べ物にならない。
皮も違う。餡も違う。肉汁も違う。
日本の「焼き餃子」と同じ料理として比較して良いのか分からなくなるくらい別物だった。
ただ一つだけ未だに理解できない。
なんで店名が「酷味」なんだ。
料理は忖度抜きでめちゃくちゃ美味しい。
逆に「何その名前?」と気になってしまう心理を利用した炎上商法なのだろうか。
中国版新幹線「復興号」が異次元に滑らか
上海近郊の移動には中国高速鉄道を使った。
日本の新幹線に相当する高速鉄道網で、中国の大都市間を移動するならかなり便利である。
そして今回、強烈に印象に残ったのが復興号(Fuxing Hao)。
中国が現在の高速鉄道の主力として投入している新しい世代の車両で、路線によっては日本の新幹線以上の速度で営業運転している。

乗ってみると、揺れが少ないどころではない。もはや、完全静止だ。
ほぼ無振動でカーブを爆走している。
駅が近づいて低速走行になると、窓の外を見ない限り、いくら神経を集中させても動いているのか止まっているのか分からない。
鉄道技術にはそこまで詳しいわけではないけれど、乗客として分かる程度に「なんかおかしい」。
旅行中の移動時間そのものが観光になるのは、中国鉄道旅行の好きなところだと思う。
上海の山崎パン、急に高級ブランドになる
上海の久光百貨店を歩いていると、見覚えのある企業を発見した。

久光百貨店は、日本の商品やブランドもかなり見かける上海の大型百貨店。
日本人からすると比較的馴染みやすい空間なのだが、そこで遭遇したのが、
山崎パン。

ただし、
デパ地下の高級ベーカリーみたいな顔をしている。
確かにパンメーカーではある。
パンメーカーではあるんだけど、
お前、日本でそういうキャラじゃないだろ。
日本ではスーパーで毎日のように見る山崎パンが、海外へ行くと突然ブランドっぽくなる。
ちなみに町田商店は割とそのまま町田商店だった。

流石日系百貨店。
・・・いやいやちょっと待て、町田商店ってお前、そんなデパ地下にあるような飲食店だったか…?!
こういう「知っている日本企業の立ち位置が少しズレている瞬間」は、海外旅行で地味に好きなポイントである。
上海にアークナイツを見に来た
今回の旅行には、非常に重要な目的があった。
アークナイツである。
最近特にハマっていて、せっかく中国へ行くなら本場でグッズを見たい。
ただ冷静に考えると、
「ケモ耳少女が出てくるゲームのグッズを漁る成人男性(大学生)」
なんて、日本では周りの目線が気になって仕方がない。
しかしここは中国。
本場なので完全無问题
特に気に入ったのが、人民広場近くの迪美ショッピングモール(Dモール)。
人民広場は上海中心部のど真ん中にある巨大な広場・交通拠点で、東京で言えば複数路線が集まる都心の一等地みたいな場所。
その地下に広がるDモールは、一般的な高級ショッピングモールというより、若者文化やサブカル系の店が密集している独特の商業施設だった。
基本的に旅行中、同じ商業施設へ二回行くことはない。
その土地にいる時間は限られているので、一度見た場所へ戻るより新しい場所へ行きたいからだ。
ところがDモールには、
アークナイツをはじめとするゲームグッズ、
カラオケボックス、
カフェ、
バックルームズ系の施設、
ゴスロリ系の服屋など、
私が目を惹かれるものが全部入っていた。
結果、
2日連続で行った。
上海で特定ジャンルのオタク趣味がある人なら、普通の有名観光地より刺さる可能性すらある。
また上海へ行ったら確実に再訪すると思う。

中国のカラオケ、念願の初挑戦
C-popもアークナイツの曲も好きなので、以前からずっと中国でヒトカラをしたかった。
そして遂に、
中国のカラオケに来た!!!!!
中国ではカラオケのことを一般にKTVと呼ぶ。
日本のカラオケボックスと似ているものの、店によっては内装がかなり派手だったり、個室が妙に豪華だったりして、それだけでも外国人には結構面白い。
日本で中国語の曲をJOYSOUNDなどで歌うと、漢字が日本向けの字体へ変換されてしまい、歌いにくくなることがある。
ところが中国で日本語の歌を入れてみると、
全く同じことを日本語側がやられていた。
日本の歌詞が妙な漢字表記へ変換されている。

「僕は全てを 許すしかないよ」
という歌詞が、とんでもない姿になっている。カラオケで漢字が変わってしまうのはお互い様だったwww
異文化理解とはこういうことなのかもしれない。
後から思い返しても、中国旅行で一番楽しかったものの一つがKTVだった。
しかも中国には、一人用の小型KTVもある。

電話ボックスみたいな形をしていて、中にモニターとマイクが入っている簡易カラオケである。
有人受付すら必要ない。
会員登録すら不要のものもある。
外国人陰キャにも優しい。
日本にも置いてください。
無錫で「雲の上のホテル」を予約する
旅の最後の一泊は、上海から高速鉄道で移動して**無錫(むしゃく/ウーシー)**へ。
無錫は上海の西側、江蘇省にある大都市。
日本では上海ほど名前を聞かないが、運河や湖が多いことから「水の都」として知られ、高層ビルも普通に立ち並ぶかなり都会的な街である。
せっかくなので、
「超高層ビルの最上階✨ 雲の上のホテル✨」
みたいな宿を予約した。
ところがチェックイン後、エレベーターの前に来て困惑する。
どう考えても、50階へ向かうエレベーターという感じがしない。

「これ本当に大丈夫か?」と若干不安になったものの、部屋へ入った瞬間に全部どうでもよくなった。
部屋はガチだった。
広い。
そして51階。
窓の外には無錫の街。
ガラス張りの浴槽の向こうにも壮大な夜景。

「水都」と呼ばれる無錫の街の光が、眼下に広がっている。今日の宿、やばい。
しばらく言葉が出なかった。
中国旅行最後の一泊をここにして良かった。旅の終わりが近付いて若干寂しくなっているタイミングで、これはズルい。
浴槽から街の光を眺めながら、
「明日からまた面接の日々なんだよな……」
と現実を思い出したものの、
少なくともこの瞬間だけは、完全に就活から隔離されていた。
朝から本気の揚州炒飯
翌朝。
早起きして駅へ向かい、朝食として食べたのが揚州炒飯。
日本でも「五目炒飯」に近い形で知られているが、名前の通り江蘇省の揚州にルーツを持つ料理で、無錫も同じ江蘇省にある。
ちゃんとした中華鍋でその場で炒めてくれる。
作り置きではない。
朝から鍋を振る音と油の香りが飛んでくる。

美味い。
早起きした甲斐があった。
なお、中国滞在中は食費が安いことをいいことに、
葱油拌面、
蘭州牛肉面、
餃子、
炒飯、
その他いろいろ、
健康を完全に無視して食べ続けた。
帰国後に頬へニキビができた。
そりゃそう。
無錫から上海へ、まさかのCRH2
無錫から上海へ戻る列車を待っていると、
CRH2が来た。
これは中国高速鉄道の初期から使われている車両の一つで、日本の東北新幹線などを走っていたE2系新幹線をベースに開発された車両である。
つまり、日本人から見ると妙に見覚えがある。
車内へ入ってみても、広告の主張が激しい部分を除けば、
ほぼE2系。

中国にいるのに、日本の新幹線の親戚みたいな車両へ乗って上海へ帰る。
妙な感覚だった。
ちなみに中国の鉄道駅は、設備の規模感がいちいち大きい。
高速鉄道の主要駅は日本の普通の鉄道駅というより、巨大な空港ターミナルに近い雰囲気の場所も多い。
後日写真を見返していて気付いたのだが、無錫駅には、
「ようこそ无锡駅へ」
と表示するためだけに、最低でも数万円はしそうな大型ディスプレイが設置されていた。

こういうところを見るたび、
「やっぱ中国国鉄って営利企業じゃないんだな」
と感じる。
費用対効果だけを考えたら絶対に置かない。
でも置く。
それが中国。
陆家嘴で丸の内フラッシュバック
帰国前に**陆家嘴(ルージャーズイ)**へ。
先ほど展望台から眺めていた浦東新区の中でも、上海中心大厦や上海環球金融中心などが集中している上海最大級の金融街である。

ざっくり言えば、上海版の丸の内みたいな場所。
世界有数の超高層ビルが密集しているので、普通ならテンションが上がる。
はずなのだが、
最近は就活で丸の内へ呼び出されすぎている。
そのせいで、上海の金融街を見ても、
ウワッ( ᷄ᾥ ᷅ )
となった。
金融街を見るだけで面接の記憶が蘇る。
上海まで来て丸の内を思い出したくない。
もう帰ろう。
旅の最後まで、日本語をほとんど聞かなかった
そして上海浦東国際空港へ着いたところで、ふと気付いた。
浦東空港は上海の主要な国際空港で、日本から上海へ飛ぶ場合もよく利用する巨大空港である。
筑波大学の先生方と別れて以降、
ほとんど日本語を聞いていない。
上海でも、
無錫でも、
日本人らしい旅行者をほぼ見かけなかった。
一年前に上海へ来た時は、市街地を歩いていれば普通に日本語を耳にした記憶があるので、今回はかなり意外だった。
後から数えてみると、最後に日本語を聞いてから実に73時間31分。
そして次に日本語を耳にしたのは、
羽田へ帰る飛行機の機内だった。
ここまで来ないと日本語を聞かなかったのか。
一方で、中国語学習者としてはかなり良い環境だったと思う。
今回の旅行では、翻訳機を使って会話する場面が一度もなかった。
最初から語学研修として来たわけではない。
むしろ目的は完全に休暇だった。
それでも、
「自分の中国語、普通に旅行で使えるようになってるじゃん」
と実感できた。
これは今回の旅でかなり嬉しかったことの一つである。
初めての空港VIPラウンジ
浦東空港では、人生で初めてVIPラウンジを使った。
通常なら4000円程度するらしいが、**Ctrip(携程旅行)**のプラチナ会員特典で無料。
Ctripは中国発の大手旅行予約サービスで、ホテルや航空券、高速鉄道など中国旅行では何かとお世話になる。
ありがたすぎる。
受付の中国東方航空の服务员さんがものすごく愛想良く接してくれた。
今回の旅行では、自分から店員さんへ不審者のようにニコニコしながら中国語で話し掛けることが多かったので、
向こうから満面の笑顔を向けられると、
久しぶりに日本へ帰ってきたような感覚になった。
まだ中国なのだが。
帰国便でも最後までイベントが続く
飛行機に乗れば、あとは羽田へ帰るだけ。
そう思っていた。
ところが隣の席になった中国人の青年と話し始めたところ、予想以上に会話が弾んだ。
結局、東京に着くまでずっと話していた。
さらに機内では、人民元を持っておらず有料サービスの支払いに困っていた日本人客がいて、その場のやり取りを少し手伝うことにもなった。
ただの帰国便なのにイベントが多すぎる。
体力的にはかなり疲れた。
でも、本当に楽しかった。
中国へ来て、人生モチベが上がった
今回の旅行をまとめると、
中華料理が美味すぎる。
アークナイツにさらに沼る。
中国語力の向上を実感する。
中国でヒトカラする。
高速鉄道に乗りまくる。
最高のホテルに泊まる。
全部、
就活モチベアップ。
ただ、正確には就活モチベというより、
人生そのものに対するモチベーションが上がった
と言った方が近い。
日本で就活していると、いつの間にか、
大学、
東京、
企業、
面接、
内定、
みたいなものが世界の全部に見えてくる。
目の前の予定だけを追っていると、それが自分の人生のほとんどを占めているように感じる時もある。
でも上海へ来れば、当然ながらそれとは全然違う世界が普通に広がっている。
美味しい料理がある。知らない街がある。夜になれば摩天楼が光る。高速鉄道に乗れば、また別の街へ行ける。
今回の旅行で一番大きかったのは、
自分に合う場所は日本以外にも普通にあるのだと思えたことかもしれない。
日本で目の前のことに行き詰まっても、そこだけが世界の全部ではない。
また中国へ来てもいいし、別の国へ行ってもいい。
中国語をもっと勉強してもいい。
そう思えるだけでも、かなり気持ちが楽になる。
元々上昇志向は強い方だと思っていたけれど、今回の旅行を経てさらに前向きになれた。
総合的には、
マジで上海に来て良かった。
ありがとう中国、ありがとう上海
羽田へ到着。
これで旅行終了。
……と、綺麗に締めたいところなのだが、
現実はそう簡単ではない。
羽田に着いた時点で、
疲労が限界。
当初は空港のベンチ泊で5時間ぐらい夜を明かし、始発で宇都宮へ帰るつもりだった。
無理だった。
急遽東横インへ墜落。

まさかの旅行4泊目である。
宿泊業従事者として、「深夜24時にホテルへ来て、倒れ込むようにチェックインする客」
の気持ちを初めて完全に理解した。
呂律が回らない。
スマホをWi-Fiへ繋ぐ気力もない。
朝食アンケートのボタンすら押したくない。
1秒でも早く寝たい。
翌朝。
ホテルで朝食を食べながら、
「お箸はどこにありますか」
と聞こうとして、
请问一下……
まで口から出かけた。
数日間中国語ばかり使っていた影響が、まだ頭に残っていたらしい。
そしてホテルを出る。
品川のオフィスビル群が目に入る。
ぁぁぁぁ就活が帰ってきた。
旅行は完全に終わった。
また日常が始まる。
でも、不思議と出発前ほど重くは感じなかった。
帰国してからも上海が追いかけてくる
日本へ帰った後もしばらく、中国旅行関連のツイート投稿ばかりしていた。
電動バイクが歩道を埋め尽くしていたこと。
レンタルサイクルを乱用していたこと。
中国の道路は日本よりガタガタしている代わりに、サドルが妙にふかふかだったこと。
上海のショッピングモールには日本の回転寿司チェーンがかなり入っていて、
「日本では若者がマーラータンにハマり、中国では若者が寿司にハマる」
という謎の食文化交換が起きているように見えたこと。
思い返せば思い返すほど、
また行きてぇ……
となる。
そしてトドメ。
WeChat(中国版LINEみたいなもの)に毎日のように、旅行中に行った上海の店からクーポンが届く。
やめろ。
せっかく日本社会へ復帰し始めたのに。
また上海リピートしたくなっちゃうぢゃない😠
気付けば周囲の人に、
「中国行こうぜ」
と言いまくり、
翌年の春休みに中国へ行く口約束が4つ並立する事態になっていた。
多分大半は立ち消えになると思う。
でも少なくとも、
私はまた行くと思う。
次は今回行けなかった場所も回りたいし、
蘭州牛肉麺ももっと食べたいし、
KTVにもまた行きたいし、
Dモールにも普通に再訪したい。
結局、中国から帰ってきて一番困ったのは、
中国旅行のストレス発散効果が高すぎて、また行きたくなったこと
なのかもしれない。